こんにちは。
今回のは古都研と同じようなことにはならないようにしていきたいと思います。
…などとしょっぱなからフラグを建てつつ。始めていきましょか。
選択総合の軽い説明は
前の記事の最初の方にて。
3行ではありませんが5行で書いてあります。
ちなみに僕たち四国グループは35人ほどだったと思います。
1日目->ここ 前日->なし 翌日(まだ)
【1日目】
7:20新横浜駅集合なので、6:20頃に家を出発。
…のつもりが10分弱も出発遅れた。
んで、走ったり歩いたりしながら最寄駅に到着。
あれ、財布どこだ?あれ?
いや、家出るとき確認したからリュックのどっかに埋もれてるはず…
--乗る電車が出発--
(あ、行っちゃった。)
…ん。財布みーつけ。
よいしょ。
次の電車8分間来ないのかよコノヤロー(そもそも出発遅れたのが悪い)。
まあいいか。
桜木町で友達Yが待ってくれたようなので合流。
新横浜到着。さ、急げ。
地図がわかりにくい!!
なんとか集合場所に到着。どうやらちょうど7:20。
先生「遅れるなー」
We「え!?」
先生「7:21だぞー。」
We「え、僕たちの時計7:20なんですけど…」
1人だけ10分遅刻してきた。
なんだかんだで新幹線のホームへ。
この車両はN700A系でした。
この記事を書いているときにN700Aについてググってみたところ、
・元からN700Aだった車両
・N700Aに改造された車両
の2種類が存在する
とのこと(
詳しくはここ)。
これはロゴで判別できるようです。
ちょうどロゴを撮っていたので見てみると...
どうやら改造されたもののようです(^_^;)
だからと言ってどうというわけではありませんが。
ウノをしたりウトウトしたりして過ごして、新神戸駅に到着。
ここからは貸し切りバスです(写真はバス車内から)。
かの有名な明石海峡大橋を渡って淡路島へ。
この道中で昼食を食べました。
淡路島側から見た明石海峡大橋。
橋の色は白ではなくグリーングレーという薄緑のようです。
淡路島は都から見て阿波国への道なのでそういう名になったといわれています。
(ただ、古事記や日本書紀では最初にできた島とされているため否定的な説もある模様。
まあそのあたりは
ニコ百の記事でも見といてくだされ)
阪神淡路大震災の語り部さんの話を聞いて、
そのあと野島断層保存館へ。
ここも有名なところでしょうか。
他には地震体験コーナーや地震後の部屋の再現があったり、家屋の傾きを保存していたり。
そして大鳴門橋を渡って徳島県へ。
この写真は徳島側から撮ったもの。
大鳴門橋は道路の下の部分に新幹線を通そうとしていたらしいのですが、
結局通らないことになって「渦の道」という歩ける場所になった模様。
通路はこんな感じで、だいたい格子でところどころガラスです。
それなので風が通ってとても涼しかったです。
ところどころに、床が透明だったり。
東京タワーのやつよりは怖かったような気がする。
それよりも怖いのがこれ。僕たちは行けないけど。
まさに恐怖の階段。降りたら死ぬ。
たぶん工事が終わって中途半端に撤去したんだと思います。
その後阿波踊り会館(
HP)へ。
そこで解説を交えた阿波踊りの実演があり、
そのあと僕たちも踊りました。
そして表彰(3人)で聖光の中から1人選ばれ(元々聖光から1人選ぶことは決まっていたと思われる)、
その人には阿波踊りマスターというあだ名がつきました。
阿波踊り会館の近くにあった休憩所。
見ての通り、阿波踊りの菅笠を模しています。
これで今日の行程は終了。
宿へ向かって出発!
1泊目は徳島駅付近の宿で過ごしました。
夕食のときに、なぜかよく爆笑していたのを覚えています。
駅前の信号から聞こえてくる「パッポウ」という音でさえ笑ったり。
もう笑いに対する耐性がほぼ皆無でした。
そういうことたまにあるよね。
ある…よね?
夕食後のミーティングでは、翌日のお遍路について先達さんからいろいろと話を聞きました。
弘法大師にまつわる話とか。
22時消灯。
あくまで消灯だからと起きていた人もいるようですが、僕の部屋は皆寝ました。
疲れてたし。
おやすみなさーい。
といった感じでした。
次は2日目、お遍路さんです。
ほとんど写真は撮っていませんが。
なんかいろいろと短くなりそうだなあ。
ではでは(・∀・)ノシ